カンミ読書(7.20-7.26)
日曜に自死に関する描写があります。許せないことが沢山あるね
2026.7.20(祝月)最高気温37度 晴れ
家のことをようやく少し。排水溝の掃除、台所のシンクを磨いた。それ以外何もできていない。
『ファシズムはどこからやってくるか』をようやく読み終えた。これいい本だったね。第一次トランプ政権の後に日本で出版されたもので、彼らがどうやって「攻めて」くるか書かれている。どんな風に歴史捏造されるのか、という仕組みも具体的な数字と調査を踏まえて書かれていて、それがとてもよかった。
夜にまあまあ近所であるプロテストに参加したけれど、資本主義とルッキズムの相性のよさを感じてしまい、ちょっとしんどくなった。帰宅してからレトルトのハンバーグの夕食をとり、友だちに愚痴る。
7.21(火)最高気温36度 晴れ
暑い中命を懸けて歯医者へ。とりあえずこれで虫歯の治療は終わり。次回の定期検診の予約を取った。帰りに近所のパン屋でカレーパンとサンドイッチを買う。「これぞパンの王様!」というポップが書かれた、表面のつんつんが硬い立派なカレーパンだった。お店の人と「暑いですね」と言いながらお金を払う。
「30分はものを食べないで」と言われていたので、カレーパンとサンドイッチはしばしお預け。着ていたTシャツとパンツを洗濯しているうちに、時間がやってきた。
7.22(水)最高気温37度 晴れ
命を懸けて映画を見に行く。この暑さの中外に出るというのは、「命がけ」という言葉がふさわしい。「朝なのにそこそこ暑い中、駅まで行き、すし詰め状態と言っていい電車に乗り、通勤している皆さん、あなたたちは命を懸けています。でも緊急事態宣言下では、大抵の会社がリモート対応できていたんですよ。みなさんぜひ会社に要請を!」このコピーをぜひ職場に送って欲しい。一部変更して東京都とか、お住いの自治体にでもいいです。もちろんリモートできない業種もあるのは承知なのだけれど、電車が空いているだけで全然違うでしょ。
『オブセッション 災愛』はめちゃくちゃ面白かった。主人公のベアは「ありのままの自分を愛して欲しい、自身が無いし告白とかはしたくない、けれど職場でいちばんのかわい子であるニッキーと付き合いたいしヤりたい」という願望を持っている。ある時にふらりと入った天然石を売っている店で「願いが叶う枝」を購入し「彼女が自分を愛してくれますように」と祈りながら枝を折るまじないをする。そうすると、自宅に入ったはずのニッキーが「あなたの家に行きたい」というアプローチをしてきて…という話。
『イット・フォローズ』が「あなたに聞いて欲しいことがあるの」「そんなのいいよ、ムード壊すなよ」(大変なことが起きる)「ほら、聞いて欲しいことがあるって言ったのに!」という、同意というものをヤジったホラーだと思っていて、それ以降沢山作られるようになったフェミニズム要素を入れた作品。めちゃくちゃ面白かったが、いつものように分かる人は大興奮だけれど、分からない人には「彼女がめっちゃ依存してきて~」という単純構造の話。アメリカではティーエイジャーの間で流行っているそうだ。みんな分かるのかな。エンドロールが始まるといなや退席していく人が散見され、みんな男性だったように見えた。
熱波の中外に出て、ダイソーで付箋と無地のノートを買った。最近壊れたので、新しい硬質カードケースも。四角い付箋は絵を描くのに使っている。小腹が空いたので、ポテトをつまめる店に入り、ポテトとジュースを楽しんでいたら国民投票法改正案が参院審査会を通ったという報道が目に入る。今日はもう1本映画を観ようと思っていたけれど、あまりにも胸がざわつくので、一度家に帰ってスタンディングに行くことにした。心細いし苦しい。
7.23(木)最高気温36度 晴れ
夕方映画を観に行くことにした。早めに家を出て、腕時計を電池交換に出す。お気に入りのG-SHOCKは、10年以上前に買ったもの。どこで買ったんだっけ。もう15年くらい経つかもしれない。確か何かの限定品だったと思うけれど、何も思い出せない。それから一度も電池交換をしておらず、最近暗闇で全く光らなくなったことに気付き、それじゃあということで持って来た。お店の人は手際が良く「1時間で終わります」と言ってくれた。
商業施設の中を回遊し、可愛い眼鏡を試着する。太い個性的なフレームはかわいいし、似合うけれど重い。デニムスカートに付けていた「ONE PERSON ONE POWER」のパッチに反応されたので、デモの話を少しした。そうしているうちに電池交換も無事に終わる。
『トロフィー』を観に行った。終映間近ということでそこそこ混んでいる。観よう観ようと思っていたけれど、こんな遅くなってしまった。
在日コリアンである14歳のソヒは朝鮮学校に通い、部活で挑戦舞踊をやっている。ある日、日本学校との交流イベントで一緒になった未来と「お互いにBTSが好き」というので盛り上がった。「BTSのファンクラブに入ろう」「ライブに行こう」ということになり、家にあるものをフリマアプリで売る。その中の一枚、朝鮮のCDが高値で売れたことに味をしめ、もっと朝鮮のものを売ろうということになり、父の持っている勲章をフリマアプリで売ることにした…という話。
これって、主人公がまだ中学生だから悲壮感無く見れるけれど、悲惨な話だ。朝鮮学校は助成金なども対象外のところが多く、トイレの改修工事をずっとやっているし、しかもそれも寄付で賄おうとしている。ソヒの父親は校長だけれど、とにかく貧乏だし、新入生獲得のために駆けずり回り、家のことは後回し。それでもソヒは父の勲章を売ってしまったことを申し訳なく思い、探しに行くが、行った先で人を客体化、コンテンツ化する嫌な大人たちに出会う。恥部を恥部と認識できる人がどのくらいいるか分からないが、とにかく恥ずかしい話だった。後半すすり泣きが聞こえたが、そういう気分になれず劇場を出た。配信に来たら是非観て欲しい。
もう夜なので、ようやく歩いても汗が噴き出なくなった。温暖化にほとほとうんざりとする。
7.24(金)最高気温37度 晴れ時々雷雨
あっつい。映画に行こうと思っていたけれど、力尽きて断念。
自宅で作業をしながら『正義の行方』を。映画館で森林が美しい予告を観ながら放置していた映画。飯塚事件という、DNA鑑定を使って捜査、有罪が決まったものだ。逮捕された久間という男は犯行を否認していたが、死刑が確定し実行された。「この人は無罪だったのではないか」という地元新聞社が調査報道を必死にやる姿で映画は終わる。恐ろしい。とにかく「DNA鑑定という最新の技術」を試してみて、有罪にするという印象が残る。
HOME/WORK VILLAGEで夏祭りがあるというので、田仲さんを誘った。今日はウィメンズアクションが有楽町であるので悩んだけれど、夜は雨の予報だったし、雷が遠くでゴロゴロ鳴っているのが聞こえる。田仲さんは日中核廃絶のマーチに参加して、そのままやってくるという。もともとこの祭りを教えてくれた友達は甚平を着ると言っているし、いっぱい楽しむことにてらいが無い人たちが本当にまぶしい。
時々、自分は本当に何をしているんだという虚しさがやって来る。こんなに社会運動をやっているつもりだけれど、社会は良くならない。ずっと無視されている。ひょっとしてこれが「燃え尽き」ってやつなのかな。
7.25(土)最高気温37度 晴れのち雨
あなぐまさんと一緒に蒲田へ。ユザワヤでミサンガの材料を買うというのでついていく。当たり前だけれどいっぱいある。「世の中には色んな布があるね」と触りながら話し合った。子供用の浴衣きっとがあり、青地に大きいペンギンの柄がきゅんと来る。「こんなの着たらすごく元気になっちゃうよ」と憧れの眼で見た。当然だけれどもう入らないし、まーちゃんも着たがらないだろう。以前「『ブリジット・ジョーンズの日記』のブリジットみたいなパジャマを着たい」と話していたこともあり、「これとかパジャマの柄にどうか」と可愛い布を指して言ってくれる。そういえば何も考えていなかったけれど、寝る時に派手な色とか柄でも安眠には影響はないのだろうか。
練習のために刺し子のキットを買った。「編み物とかやってみたい」と言い始めてから約2年が経つ。何もしていないし、何もできないのに「できない」イメージが先行して何もしないということを繰り返す。これは天性の怠け癖から来ているのか。それともトラウマ的なものか。昨日の夏祭りでも、輪投げを頑なにしなかったのはそういう理由がある。「運動神経が無く、笑われた」という強烈な体験に今も囚われている。嫌だね。
かき氷が好きだというあなぐまさんを誘って、かき氷が食べれるケーキ屋さんへ。あなぐまさんは桃がたくさん乗ったかき氷を頼み、私はメロンのショートケーキとコーヒーにした。他のケーキも美味しそうで悩んだけれど、とりあえずメロン。桃をいくつかご相伴でもらったけれど、後半「お腹いっぱい」だというので、さらにいくつか食べた。桃はカリウムが豊富でむくみにも美容にもいい。
タイ料理を食べたかったけれど、お店はいっぱいで、雨の中全部をあなぐまさんに任せてついていく。結局「蒲田三大餃子」の1つを食べた。それにしても羽根つき餃子のパリパリはいつ食べるのが正解なんだろう。ルールなんて無くて、好きに食べたらいいものなんだろうけれど。
7.26(日)最高気温34度 晴れのち雨
今日はやまゆり園で起きた殺傷事件から10年。このことについて少し長く書きたい。
エッセイで過去に「自殺をすることを止められなかった」ということについては何度も書いたし、実行に移した時のことについても書いた。なんでそんな風にしていたかというと、その時自分は自分に「価値がない」と信じていたし、それを強化させたのは「生産性がない」「社会に生きていても意義が無い人間」であり、その「意義」を今後も見つけることができない。という風に思っていた。当然だけれど、今もその気持ちが無いわけじゃあないし、自分に意義なんて見つけられない。とにかく社会的に必要とされたかったけれど、そうされないまま今も生きているし、生活している。
そもそも「生産性」ってなんなんだ。それが資本主義に裏打ちされた言葉だと気付いたのはここ数年のことだ。大抵の人に「生産性」なんてない。自分の父親もそうだし、そういう親が沢山いることにようやく気付いたが、射精し、受精すれば妊娠するのだ。そこに責任感とか、未来への展望なんてものが無いまま生殖行動をしている人は沢山いて、そういう人の方が「ちゃんとしている」ように見なされるのは本当におかしいことである、ということにようやく気付く。社会はつがいになったほうが良しとされており、信用も担保されやすい。それなのに同性婚も選択的夫婦別姓もできないのが今の自分たちの住んでいる日本で、そんな国で「生産性」なんて言葉を使うこと自体が、心底おかしい。
ここ数日考えていたのは、「生産性」とかそういうことを考えなくていい世界だったら、自分は絶望しなかったのかということだった。「生きるには理由は要らない」という言葉の意味をずっと考えているが、自分には「死ねなかったから生きている」という言葉の方がしっくりくる。だけれども一貫して「生きるのには理由が要らない、と思える世界の方が豊かで幸福である」という確信はある。
結局自分は社会から「価値がある」と認められたかっただけなのだという気持ちだけれど、じゃあ今の日本総理大臣はどうなのかという疑問がふつふつと湧いてくる。女性であり、女性であるということを強調しないとそこにいられない人間であるのは明白であり、今の日本において、女性というのは利用され、媚びを売り、男性の都合のいいようにふるまうということなのだ。それにしても生理用品が15%も値上げってなんなんだよ。(もちろんそれだけでは無いが)女性総理だろ、とりあえず補助金とかなんだとか出せよ。
午後から友達とボイチャをして楽しく過ごした。気圧のせいでとにかく眠くて仕方なく、沢山寝たし、白い服にウタマロ石鹸をこすりつけた日だった。殺された人々が安らかに眠れるように、そしてこのようなヘイトクライムが二度と起こらないように社会を構成していくしかない、と今年も思う。



